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最高裁判所第一小法廷 平成8年(あ)192号 判決 1998年3月25日

本籍

千葉県船橋市海神五丁目五二四番地

住居

同所三丁目二三番二三号

不動産業

高関昭二

昭和一一年二月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成八年一月二九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人木幡尊の上告趣意は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

平成八年(あ)第一九二号

上告趣意書

所得税法違反被告事件

被告人 高関昭二

頭書被告事件につき、上告趣意書を左記の通り提出いたします。

平成八年五月九日

右弁護人 木幡尊

最高裁判所第一小法廷 御中

本件原審判決は、刑事訴訟法第四一一条第三号記載判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、破棄さるべきものと思料致します。

本件被告人の主張は、第一審に於ける各上申書記載・弁論要旨・控訴審に於ける控訴趣意書等に記載した通りであり、本件については第一審判決・控訴審判決共に被告人が国税査察官の調査段階、検察官取調段階、第一回公判期日に於いてすべて公訴事実を認めていたのに、保釈出所後前記被告人の各主張が提出されたものであること、更には公判段階の途中から新しい主張が出されたことに不信感を抱いている如くであり、右不信感が事実認定全体に影響があったやに思料致します。第一審判決・控訴審判決共に右の点を指摘しておりますが、本件は前述の如く国税査察官作成顛末書、検察官作成供述調書の双方共殆ど真実でないと云うことであるから、本弁護人が事実につき最初から被告人に質問説明を求める必要があり、その過程で被告人も説明これ努めたが、何分必ずしも資料が乏しいもの、忘却しているものもあり、それを関係者に確かめる等のこともあって「実際はこうだったんだ」と云うことも再三あり、それで訂正を余儀なくされ、その段階でも他人をかばって本弁護人に正確に話さなかったものもあったり、最終的に被告人の主張が明確になる迄には若干の紆余曲折があった。

従って、その経緯だけを捉えて真実か否か疑わしいと判断されては甚だ困惑するところであります。

本件被告人の主張は多岐に亘りますが、本弁護人が絶対この点は被告人主張通りであると確信している中心点だけを本上告趣意書で申上げますので、その点を中心に本件全体に貴裁判所の仔細な御検討を御願い申上げます。

第一、被告人を含む人々の取引き実態

この点も原審迄の間、既述の通りでありますが、本弁護人がこの取引実態を理解する迄には被告人等から何回も何回も個々的取引きの説明を受け、前後の取引・分配等が絡み合っている等々の事実関係の説明を受けてようやく理解出来たものであり、この点を本弁護人が第一審弁論に於いて述べたところ、第一審判決は突如主張が変わった如く判断しているが、これも又変わった訳ではなく、一連の事実からやっと理解できたことを述べたものであります。御承知の如く捜査関係調書等では、所得は個々の取引き毎に区別されており、本弁護人がそれを読み、右に応じて聞いていたため、当初グループ取引きの実態に気がつかなかった。ところが、被告人及び関係者等(取引毎に若干関係者は違うが、全体的に見れば殆ど同じ人達である)から聞いている裡、ようやく理解できたものである。

被告人はグループ取引きの中心的存在であり、何人かの人々が共同で仕事を仕上げ利益を分配する。その要にあったのが被告人であり、その分配金についてもAには前回少なかったから今回は多くやろうとか、グループ全体の取引きを対象として検討されており、又資金繰りがきつい者には取引きに介入させて余分に分配してやる等々のこともあったようであります。

ところで、第一審判決・控訴審判決は具体的な取引きをその取引きをリードしたのは誰か、仮に買取り売却ならば買取資金をつくったのは誰か、売買代金を受領したのは誰か、仮に買取り売却ならば買取資金をつくったのは誰か、売買代金を受領したのは誰か、と云う風に個々の取引きに単純化し、売主・買主、利益の帰属者は売主としている。然し、グループの共同行動による場合は各人分担があり、右のように単純ではなく当該取引きに於いて資金(資金繰りを担当した者)を出した者の取引きとなり、転売利益も同人にすべて帰属すると云うものではない。それぞれ行為分担者がそれなりの評価を受けるのである。

一般的取引きに於いては単純に買取物件をAと云うものがみつけ、Bと云う買受者を探し売買が成立した場合、Aは仲介者として手数料を受取る。ところが、本件被告人のグループ取引きに於いては、仮に出物情報をグループの一人Aがキャッチした場合、その情報を被告人を含めたグループに報告する。そこでグループ内でそれを買取り、誰かに売ろうじゃないかと決まると、売主と一番交渉し易い買受交渉者が決まり、資金調達の方法も決まる。その過程で当該物件を売却することについても、グループ内各人は各人各様に努力を始める。その間買取ったがなかなか売れないとき等は、資金繰りのため(銀行借入れ、或いは他の出資者を共同者として資金を出させる)一番資金繰りし易い方法として銀行に信用ある者に売買を原因とする所有件移転登記手続きをし、その売買手続きの中で関係者に資金繰り上、表面的に若干の利益を出した如くして、中間分配する等々のこともある訳である。これ等一連の動きの中核となったリーダーが被告人であることは間違いないが、それがために被告人がすべて取引きの実際上の当事者となるものではない。そして、本来当該取引きに於ける各人に対する分配金は利益分配金たる性質を有するものであるが、仮に税法上認定し難いとしても、その分配金が税法上は取引経費として利益所得から控訴さるべきは当然であろう。

第二、被告人主張の各人に対する分配金の存否

(一)、この点につき、第一審に於いて被告人が主張し、分配金受領者は被告人主張に符号する証言をしている。

然し、第一審・控訴審共、右証言は被告人の知人の証言であり信用できないとしている。既に述べたように被告人はグループのリーダーとして不動産取引きをしていたのであり、分配金の交付を受けた者は被告人の知人であるのは当然であって、知人であるから信用できないと云うのであれば、いかにして立証すべきか方法の発見に困惑する。一般的に言っても証人となる者は被告人に関係ある知人である場合が大部分であろうと思われるが、それが「知人である」と云う理由で証言価値がないと云うのでは唯々しき問題である。

成程、本件では被告人も捜査段階で述べず証言者も同様であって見れば、原審裁判がその真否を疑うのも止むわ得ないところである。ところで、本件で本弁護人が一番喫驚しているのは被告人及びその周辺者の無知であり、生活態度である。被告人は長年不動産業者として活動し、他の人々も同種の人が多い、然し大部分の人は税務知識はないに等しい。

本件の場合、被告人も含め各人の分配金について、各人が売渡名義人に受領書を交付し、名義人はそれを経費とし所得から控除して申告し、各人も各々受領した分について所得申告すれば、なにも問題はなかった筈である。然るに誰も税務申告をしていない。これでは問題にならない方がおかしい。而も被告人は一人やられるも二人やられるも同じだから、一人でかぶって行く積もりだった云う安易さ、他の人々はそれならそれでよいであろう、と是れ又安易な考えていたらしい。

そして、それだけの脱税事件ならどの位の刑に服さなければならなかったのか等考えても見なかったと云うのであるから尚更である。仮に国税査察官が逮捕も起訴もない、昭和六三年度分は調査の対象としない等々と言っても、一般的水準の社会常識があれば簡単に信用しないのに、本件ではむしろ査察官が自家薬籠中になっているが如く誤信して親しげにその要請に易々諾々と従っている。それがあったので、二人より一人がましであろうと関係者間で被告人一人に集中することに誰も抵抗を感じなかったものでもあろう。

(二)、ところで、原審判決は国税査察官、検察取調べには関係書証・銀行帳簿等取調べの際示して正確を期しているので云々と判示しているが、先ず不動産売却利益について見るに検察官主張の売買があり、従って売買契約書金銭の授受もあったことは明らかであり、受領した売買代金も被告人口座に一旦入金になったことも凡そ一般的であるから、被告人が他の関係者の受益を秘すべく当該取引きの実態・分配金の交付を言わなければ、取調官としても客観的証拠と合致するとしても当然である。ところが、本件では被告人口座に入金した金銭の行方が本来一番問題だった訳である。銀行帳簿等も差押領置されているので、調べればお判り頂けれると思いますが、殆ど前記入金になった売買代金等は小切手で入金し、小切手が支払われると共に現金で払戻されており、銀行には残っていない。それは被告人主張のように関係各人に分配金が交付されたからである。取調官は被告人の弁疎もなかったから仕方ないであろうが、その点について気がついていない。

次に分配を受けた人々も、所謂預金等後日明白にできるようなことをしていない。只、資金繰りに困った者等の借金返済等はあるが、あとは殆ど無駄な遊興費・ウォーカーヒルの賭博等に費って、今日全く金を残していない(本件調査の際、慌てて土中に埋めた者二・三いたようである)。

結局、関係者に証言させる以外立証の方法がない訳である(然し、一取引きの関係者は何人か居るので、分配金等は各自知っている訳であるから、各人に証言させているので信用して頂きたい)。

(三)、本件では、被告人が全然利益を得ていない取引きまで被告人の取引きとされたものまである。控訴趣意書第二(二)ニ記載の株式会社トーエーリアルエステート(以下トーエーと称する)に関する分等は、代表取締役伊藤彪の法廷に於ける証言の何処に疑問があるのであろうか、被告人はトーエーの伊藤社長を救けるため機会を提供しただけで、なんの利益を受けてない。たまたま被告人は自分の口利きで伊藤社長から大山某に金を貸させ、それが回収不能に落入ったので責任を感じて伊藤社長がせっかく申告納税していたのに「自分の利益だ」と言って救おうとしたのである。同項記載の他も全く被告人が利得していない。詳細は同項に記載した通りである。被告人は各取引きを知悉しており、説明は十分できる関係にあったので、かいって嘘を述べそれが最終的に真実とされたのである。

これ等の場合も売買代金の行方等最終迄追求すれば、成程と被告人の弁疎も納得して貰えるものである。

(四)、前項迄記載の如く、共同者(グループ内)に対する各利益分配金は取調べの段階では表面化せず、その総額は第一審弁論要旨・控訴趣意書等に記載した通り巨額であるが、右金員は本来誰が売買当事者となっても当該取引きに於ける経費として認定さるべきものであり、グループ取引きと認定して頂ければ、各人の各売買利益金としてしか計上さるべきものではない。従ってすべてが被告人の利益金にならないことは極めて明らかである。

然るに原審迄の判断は、その大半の責任が被告人が捜査段階で真実を言わなかったと云うことにもあるが、その後法廷に於ける証人等による真実の証言を信頼せず、只々被告人の弁疎は二転三転しており、信頼できないと云うのであれば最後のトリデとしての裁判所への信頼も薄れると云う裁判所不信の感を醸成するものである。

第三、貸付金の水増について

(一)、元来貸付金の水増は、被告人が不動産売買益を事実より遥かに多額に述べていたことに始まる(共同者への分配金等の黙秘、自分の関与してない取引きを自分の取引きとしているもの等々)。査察官調書は被告人へ不動産売買益を集中させたことの結集として、被告人には多額の金が残ることになり、その行方について調査したが合理的調査によっても捕捉できなかった。元々無い金であるから捕捉できる筈もない。

本件では捜索・差押等もあり、被告人の関係金融機関等帳簿も調査の対象になっており、査察官から見ればあるべき筈の預金・現金等もなかった。世の中に帳尻を合わすと云う言葉があるが、査察官等は極めて合理的に帳尻を合わせないと上司への報告書等に支障あるのか、その点を終始考慮に入れて調査に当ったようである。そこで所謂被告人の云う水増事件が起こるのである。

その詳細は第一審弁論要旨・控訴趣意書第三貸金について、と題する欄に記載した通りであります。当初査察官は交際費として約一〇億円分を書き出させた(勿論、事実でない交際費を書き出させた)。右書き出させた交際費は検察官から証拠として提出されているが、当初査察官は右により金額の帳尻合わせをする積もりだったと思われる。

然し、それでは上司への報告に具合が悪かったのか、水増要請となるのである。その時点では高松査察官が横田功と同郷であることから、和気あいあいと云う雰囲気になり、前記査察官も調査に協力してくれ、逮捕や起訴もない、昭和六三年分はやらない等々意図的か否かはともかく、調査を早急に終わるべく話しており、被告人及び関係者等はむしろ査察官を自家薬籠中にいれた積もりになっていた。そんな訳で任意に言われる儘に数字を合わせ、必要と言われた書類を出したのである。

原審裁判所は差押によった手形帳簿類等により、被告人に問正して具体的事実関係を調査した如く認定しているが、手形等の取捨選択も被告人と査察官との合意によりなされたものであり、表面的には極めて巧妙に合致しているものである。元来査察官と被告人及び関係者に前記の如き一種の信頼関係がなければ、被告人に不利になる証拠資料等を被告人等が任意に提出する筈もない。従って、前記意図的か否かはともかく査察官の言葉は結果的には利益誘導となったことは事実である。だからこそ、その時点から調査は急展開を見たのである。

(二)、それに水増の有無・帳尻合わせの有無については、田久保茂の証言・関係者証拠と関連して御検討頂きたい。

普通借りても居ない者に借りたことにする等あり得ない筈である。これこそ水増の結果、今度は資金不足を来たし、借入れをつくってくれと云う査察官の要請に答えたと云う被告人の弁疎を立証するものである。

田久保茂は第一審に於いてその経緯を詳細に証言しており、同人は被告人とは特殊な関係もなく査察官がそれなりに資産のある者でないといけないと云うので、被告人が田久保茂に依頼したもので、同人は法廷で嘘を述べる必要等は絶対にない(同人は市川税務署でも同様述べ、その後なんの調査も受けていない)。

(三)、扨て、査察官は昭和六二年分しかやらないと言っていたので、水増も昭和六二年分になされた訳であるが、その後査察官が昭和六三年分もやると云うことになり、昭和六二年分の水増分もその儘存在し、昭和六三年分にも引継がれることになった。従って、その利息金収入等も加え、昭和六三年末には被告人が約七億円の実際はない金があることになっている(査察官作成損益計算を元に計算した)。その金の所在についての説明はどこにもない。

本件は昭和六三年一二月開始され、捜索押収も徹底的になされたのであるから、少なくともあるものならその時点で何処にあったか、むしろ被告人としては明示して貰いたい。

第四、その他

(一)、査察官作成顛末書記載と検察官作成供述調書記載とに相違があることについて、原審判決は要旨、検察官は捜査段階に於いて独自に証拠書類を対照する等して取調べをしたからであると判示し、従って査察官作成供述調書の信用性・信憑性は高いと述べている。

然し、これは殆ど水増の結果そうなったものである。即ち、査察官は昭和六三年分はやらないと言っていたので、水増分は昭和六二分について発生した訳である。査察官は水増であるから、利率は低くしようと云うことで合意の上、一般的利率より低くした(約半分位)而も昭和六二年分の利息金に限って所得とした。ところが、検察官が昭和六三年分もやれと云うことになり、且つ検察官は水増分を知らないから被告人に水増分の利率が普通より低いのはおかしいと迫り、被告人はその時点で水増の事実を述べればよかったのに、述べないでずるずると検察官のこれも他と同じであろう式の利率を認めて了った。更には昭和六二年分の貸金がその儘昭和六三年にもあったことになり、水増分の利息金も同様その中に入れられた。

査察官顛末書記載と検察官作成供述調書の主たる相違は、右によって生じたものである。

(二)、更にはトーエー分は元々昭和六三年分であり、伊藤社長は査察官の調査は受けていない。然し、昭和六三年をやる段階で(逮捕後)被告人は伊藤社長との約束があり、査察官にはその部分を自分の取引きのように話したものである。従って、伊藤社長自身証人としての証言で検察官から被告人の取引きになっていると言われ驚いたが、被告人もそう言っていると云うので、ああそれでは大山への回収不能八、〇〇〇万円の貸金の件があり、逮捕される前被告人がそう言っていたので、自分を救ってくれるのだなと思い、検察官の云う通り調書を作成して貰った趣旨の証言をしている。従って、右については査察官顛末書のない部分で新しく検察官作成供述調書だけがある。

(三)、これ等を総合すれば、むしろ水増の金利を査察官が普通の半分にしていた事実が判り、それが水増分だけであるから、むしろ成程と被告人主張を肯首できるものである。そのことによって検察官作成供述調書の信憑性があると到底考えられない。

以上が上告趣意書の要旨であります。第一審各上申書・弁論要旨・控訴趣意書等記載と恰わせて御検討の上、原審判決破棄の御判決を御願い申上げます。

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